医師・中村哲 アフガニスタン初の外国人名誉国民の輝かしい功績

医師・中村哲 アフガニスタン初の外国人名誉国民の輝かしい功績

ペシャワール会現地代表、ピース・ジャパン・メディカル・サービス(PMS)総院長である中村哲さんがお亡くなりになりました。

アフガニスタンを拠点に医療活動や農業支援に取り組んできており、20年以上にも渡りアフガン復興のキーマンとして活動しておりました。

その功績が認められ、2018年にはアフガニスタンの国家勲章を受章。

アフガニスタンでは外国人初の受賞で、アフガンのガニ大統領から勲章が送られました。

アフガン支援に大きく貢献したというのに・・・非常に残念なニュースとなってしまいました。

謹んでお悔やみ申し上げますとともに、心からご冥福をお祈りいたします。

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中村哲の人物像

ハンセン病の治療を中心に医療活動していた中村哲さん。

赤痢患者が急増したときには、綺麗な水源の確保や、生活基盤を支えるための農業支援も。

また、アフガニスタン空爆の際には率先して「アフガンいのちの基金」を設立し、日本からの物資支援や募金活動を行っておりました。

そんな精良な活動をし、アフガニスタンに貢献してきた中村哲さんの人物像や数々の功績をご紹介します。

中村哲 プロフィール

名前 中村哲
職業 医師
生年月日 1946年9月15日
出身 福岡県福岡市
出身校 九州大学医学部

1946年生まれということで、73歳でありながらアフガン支援に精を出しておりました。

働きたくない・・・と愚痴をこぼしている方は見習わなければなりませんね。

九州大学医学部卒業後は国内の勤務医として働き、39歳でパキスタンのペシャワールに赴任し、その後、アフガニスタンで活動。

日本が世界に誇れる素晴らしい方でしたので、非常に残念でなりません。

中村哲の功績

受賞年 受賞
1988年 外務大臣賞
1992年 毎日国際交流賞
1993年 西日本文化賞
1994年 福岡県文化賞
1996年 厚生大臣賞
1996年 読売医療功労賞
1998年 朝日社会福祉賞
2000年 アジア太平洋賞特別賞
2001年 第7回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞
2002年 日本ジャーナリスト会議賞
2002年 若月賞
2002年 第1回沖縄平和賞
2003年 大同生命地域研究特別賞
2003年 マグサイサイ賞
2004年 アカデミア賞
2004年 イーハトーブ賞
2008年 第3回モンベル・チャレンジ・アワード受賞
2009年 福岡市市民国際貢献賞
2009年 農業農村工学会賞
2010年 アフガニスタン国会下院 表彰
2013年 福岡アジア文化賞大賞
2013年 第61回 菊池寛賞
2016年 秋の叙勲「旭日双光章」受章
2017年 第8回KYOTO地球環境の殿堂入り
2018年 アフガニスタン国家勲章
2018年 土木学会賞技術賞

受賞歴を見るだけで、物凄い方だったんだとわかりますね。

これだけの受賞を獲得するのに自分だったら何回、何十回生まれ変わらなければならないんだ・・・と思うほどの功績を残しております。

にもかかわらず・・・

アフガニスタンのために人生をささげてきたにもかかわらず・・・

非常に残念な最期を迎えてしまい、ふつふつとした瞋恚しか湧いてきません。

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中村哲の作品

最後に中村哲さんの著書や、中村哲さんを題材とした作品をご紹介します。

中村哲の著書

ペシャワールにて 癩そしてアフガン難民

ダラエ・ヌールへの道 アフガン難民とともに

辺境で診る辺境から見る

医者、用水路を拓く―アフガンの大地から世界の虚構に挑む

天、共に在り―アフガニスタン三十年の闘い

中村哲 題材の作品

2003年に週刊少年マガジンにて、中村哲さんを題材にした漫画が2話にわたり登場しました。

現地の生々しい写真もあり、マスコミが報道することのない事実が赤裸々と語られております。

アフガニスタンで起こったこと 〜不屈の医師 中村哲物語〜

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医師・中村哲 アフガニスタン初の外国人名誉国民の輝かしい功績 まとめ

中村哲さんの輝かしい功績をまとめました。

73歳にしてなお、アフガニスタン支援のため、輝かしい活動を繰り広げ、数々の賞を受賞してきました。

アフガニスタンのために、人生をささげてきた方の最期はあまりにも悲しいもので、怒りがこみ上げてきます。

中村哲さんという日本人がいたんだ!という誇らしい気持ちをもって、精一杯生きていかなければと感じさせてくれました。

心からご冥福をお祈りいたします。

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